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産経新聞 書評倶楽部 「弱者の勇気」

2014/10/19

産経新聞 書評倶楽部 「弱者の勇気」

今回の産經新聞書評クラブでは、登山家の栗城史多さん著「弱者の勇気」を取り上げさせていただきました。
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10年ほど前の出来事だが、僕の元に一人の青年が訪ねてきた。「野口さん、エベレストを単独無酸素で登りたいのです」と。短い時間であったがピン!と感じるものがあった。これまでにも何人もの青年たちが僕に同じような事を伝えに来た。しかし、彼らの多くは僕に宣言した目標のごく一部を達成したところで満足してしまったのか、または就職活動といった現実に背を向ける勇気もなかったのか途中で放り投げてしまう者ばかり。だったら最初から僕に宣言などしなければ良かったのに。
しかし、栗城史多(くりき・のぶかず)氏は違った。彼はひたすらに山に登り続けた。そしてエベレストの単独無酸素という極めて厳しい条件を自らに課した。そんな彼をまた多くの人が応援した。しかし、声援を送る人々の大半はエベレスト単独無酸素挑戦の過酷さを理解していない。彼の若さゆえの未熟さが招いた失敗もあっただろう。しかし、世の中には「成功しない人」はいても「失敗しない人」はいない。その失敗から何をどう学んでいくのかだ。
栗城氏も三度(みたび)エベレストに挑戦し、いまだに登頂は成し得ていない。前回のエベレストでは遭難し手の指を9本凍傷により切断。登頂できない彼に対し誹謗(ひぼう)中傷は酷(ひど)かった。「下山家」とも罵(ののし)られた。僕は世の中の応援に対し時に「無責任だなぁ~」と感じる事もある。応援する側の多くは何となく応援している。そして結果がでないと時に梯子(はしご)を外したかのように批判に回る。そんな風潮の中、途中で夢を諦(あきら)めていく若者も多い。しかし、栗城氏は指の大半を失いながらもエベレスト単独無酸素を諦めていない。今夏、彼は8千メートル峰であるブロードピークに無酸素単独挑戦し見事登頂を果たしたのだ。初めて彼と会った時に「この青年は違う」と感じていたのは間違いではなかった。来年、彼は再びエベレストに向かう。「弱者の勇気」、この彼のメッセージには生きる上でのヒントが多く込められている。(学研マーケティング・1400円+税)
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以上、http://www.sankei.com/.../ne.../141018/lif1410180018-n1.htmlより転載。
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