アルパインクライマーの大石さんが平出さん、健朗さんの遭難について書いています。2人が学生の頃から僕も付き合いがあり2人の関係を知っているだけに大石さんの無念さ悔しさが伝わってきて...。何度も読み返しました。改めて大石さんの平出さんへの思いの深さを感じました。
大石明弘note
https://note.com/energy4life/n/nafaf7a57e8b5
大石さんは僕の大学山岳部時代の後輩で学生時代は共同生活もしていましたからとても親しい山仲間であり親友。
大石さんにとって平出さんは特別な仲間であるということもよく知っています。その平出さんの遭難について「書く」という事は向き合う時間であり、とても辛かったはず。
平出さんの遠征中にも大石さんとは平出さんのこの遠征について何度も電話でやり取りをしていました。
大石さんは遠征前に平出さんと直接話をしていたので、その平出さんの話したニアンスから「今回は偵察だと思いますよ。アタックはかけないと思いす」とさほど心配はしていませんでしたが、僕はなんの根拠もなくただ感覚でしかないのですが不安だらけでした。
遭難の一報は夜中でした。布団の中でヤフーニュースに「K2で日本人登山家滑落」という配信の文字が目に飛び込んできて。まだ名前が公表されていませんでしたが衝撃があまりに強く朝が来るのを待てず大石さんに真夜中に連絡を入れていました。
あれからの数日間はまるで時が止まってしまったかのような...。
大石さんは僕より遥かに平出さんとの関係が深いので「嘆き」「悲しみ」「悔しさ」「虚脱感」「自身への責め」で頭の中が混乱したと思います。
大石さんはもがき苦しみながら書いたのだと。親しければ親しいほど書くのは難しく苦しい。しかし、親しいからこそ書けることもある。
20年間ヒマラヤに一緒に登り続けてきた平賀純さんがアラスカの山で遭難し、葬儀で僕が「もう山はやめたい」と。
それに対し平出さんは「先に逝った仲間たちの分まで僕らは山に登るしかないのです」と静かに僕に伝えてくれましたが、少し経って思ったのは「先に逝った仲間の生き様を伝える」という事も残された者の役割なのだろうと。
ただ
あまりにも多くの仲間を山で失ってきました。平出さんに叱られそうですが、もうこれ以上は、耐える自信が僕にはない。