2025/09/17
今、釧路が揺れに揺れています。この揺れは全国から多くの人々の声が集結し静かに広がり始めましたが、まるでダムの水位がじわりじわりと上がっていくうちに気がついたら一気に決壊しかのように。それほど揺れています。その揺れは釧路に止まる事なく全国各地に飛び火することでしょう。
私は、長年に渡りヒマラヤで植林活動を行ってきました。日本隊が初登頂したマナスル峰の山麓にあるサマ村での活動ですが始めた頃、森づくりに関心を持たなかった村人に対し、
「日本人は森は神様だと大切にしてきました。森があるから栄養たっぷりの水が湧く。野菜作りもその綺麗な水があるからこそ育つ。森の栄養は海をも豊かにする。森は多くの命を育んでくれる。生活の為に木を切ることもあるけれど、切りっぱなしではなく、切ったら植える。かつて多くの国々は切りっぱなしだったけれど、日本人は昔から森をとても大切にしてきた。だから、皆さんも切ったら植えて下さい」
と村人に伝えてきました。
以前、伊勢神宮の森を案内して頂き何世代にも渡り森づくりを行ってきて方々とお会いしました。大宮司とも対談をさせて頂きました。日本人の森との接し方の原点を見た気が致します。その姿勢が誠に美しいと感じました。
しかし、近年、エコという名の元日本各地の森が破壊され代わりにあのギラギラとした太陽光パネルが至る所に尋常ではない勢いで敷き詰められています。本来の日本人の感性を持っているのならばあり得ない事が怒涛の勢いで各地に蔓延しています。
そして全国から悲鳴の声が上がっていますがそれでも「侵略」の勢いは容赦なく日本各地を襲っています。
目を塞ぎたくなる光景に「これは一時の道迷いなのだ」と。そう信じたいが、しかし、現実は一時の道迷いではなく喉仏に刃を突きつけられた状態で「どちらに向かうのか」を今決めなければ取り返しが付かなくなるその瀬戸際に立たされている。
そしてこの問題。何かがとてつもなく臭う。ドス黒い闇のようなものを感じる。それはその泥ついた闇の利権に群がる企業や政治家たちの姿なのか。深い闇の中で何かが動いている。「闇社会」という言葉が頭の中をパッと浮かぶことも。「何かが」まだ何なのか分かりませんがとてもとても匂うのです。
目を瞑ると蟻地獄にハマり抜け出せないでもがいている人たちの姿が滲んで見える。密に群がった人たちの哀れな末路なのでしょうか。
「国破れて山河あり」という言葉があります。確かにこの国はあの大戦で敗れました。日本中の大都市が焼け野原になりました。実に多くの犠牲をだし、もう国は永遠に立ち直れないのではないかと希望を失いかけた人も多かったと思います。
しかし、あの言葉の通り美しい山河は残されました。桜の木も銀杏の木もまるで何事なかったように季節になれば花を咲かせ実をつけてくれる。金木犀の香りは後ろから肩を優しくトントンとさせながら秋の訪れを伝えてくれる。そよ風もあの時と同じように気持ちよく呼吸の中に溶け込んでくれる。山河は何も変わることなく迎え入れてくれたのではないでしょうか。
絶望の淵からもこうして立ち直れたのは「国敗れて山河あり」が本当だったから。
もし、頬に煤をまみれながら必死の思いで焼け野原から故郷に辿り着いたその時に、その駅舎から飛び込んできた光景が焼き尽くされた山河であったのならば...果たして生きる希望を持てる事ができたのでしょうか。
「国敗れて山河あり」という言葉が後世に語り継がれてきた意味を私は深く感じるのです。
このメガソーラーは森林破壊のみならず、その原風景までをも踏み躙るものだと。同時に先人から受け継いできた日本人の心までもが壊されていく。故に私は「侵略」だと感じる。
向き合うべき相手は誰なのか。闇深き業者なのか、それともそれを推奨してきた政治家たちなのか。
個人では太刀打ちできる相手ではない事ぐらい分かっています。
ヒマラヤを歩きながら「どうすべきなのか」をまるで黒い紙を虫眼鏡で「ジリジリ」と一点を焼くように必死に考えています。極めて難しい難題を突きつけられているのは自覚しています。
しかし、この美しい山河を守れなくてどうして先人たちに顔向けできるのでしょうか。
なんとかなる。
これまでも「なんとかなる」と思いながら様々な活動を行ってきました。今回も同じ気持ちです。
何故ならば「日本人の心」はまだこの国から消えていない。そう感じているからです。
まだ間に合うはず。諦めたら日本が日本ではなくなってしまう。ヒマラヤから戻り次第、すぐに釧路に向かいます。釧路の揺れを確かなものにしたい。その為には日本中の声が必要です。声が集まれば、この輪は更に広がり、いずれ、国や日本各地の行政も動く。富士山の活動で私はその事を身をもって実感しました。
ただ、その前にやらなければならないことがあります。まずは目の前の目標であるヒマラヤ6000m峰に登ること。明日からハイキャンプに向かいます。日本の皆様、お元気で。
2025年9月16日 ディンボチェ村にて 野口健