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「島は小さな宇宙」
-映画監督・瀬木直貴氏との対談-

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2005/10/26

「島は小さな宇宙」
-映画監督・瀬木直貴氏との対談-

 

瀬木直貴氏略歴 映画監督
1963年三重県生まれ。
映画「千年火」(2004)ベルリン国際映画祭/東京国際映画祭正式出品/京都キンダー映画祭グランプリ、「いずれの森か青き海」(2003)、「坂の上のマリア」(2001)など、地域社会を舞台に作品を発表。自然系ドキュメンタリー作品も多い。現在、昨年末のスマトラ沖地震と津波をモチーフにした映画を準備中。

 2005年10月初め、アルピニスト・野口健氏と瀬木は、東シナ海に浮かぶトカラの島々を旅していた。昨年から続いて、日本の島を巡りながらその地で生きる人々と交流し、エコツーリズムのあり方を考えるDVDシリーズの取材のためである。ヒマラヤから帰国する度に、野口健氏は海に潜り、島に遊ぶ。生物の存在しない極限の世界から戻ると、動植物の気配が濃密な森や海に恋い焦がれるのだという。これまで旅した島々は、西表島、屋久島、小笠原諸島、礼文島・利尻島、対馬、そして、トカラ列島。秋というのに真夏の太陽が照りつける諏訪之瀬島で、野口氏に過去6度にわたる旅を振り返ってもらった。

「島は小さな宇宙」

瀬木 トカラに来て驚いたのは、まさに火山が海から生え出たような島で、それも活火山でしょう。あちこちに温泉があって、地球が生きていることを肌で感じることができました。諏訪之瀬島は今日も見事な噴煙を上げていた。雨が降ったら白いTシャツが灰で黒ずんでしまった。それにしても、日本にこんな場所があるなんて嬉しい驚きでした。

野口 僕がこれまで行ったどの島々よりも、トカラは原始的ですよ。船で来ると、海上から住居が見えない。無人島に見えるんですね。その島にどういう人がいて、どんな生活があるのかを想像しながら近づいて行って、上陸したら今度は島によって異なる個性を発見していくという、そんなプロセスが面白いですね。

瀬木 最初、野口さんには有人島か無人島か言わないでおこうと思っていました。(笑)初めての島に上陸する、そのときのドキドキ感というか不安感、なかなか味わえないものですからね。

野口 今回思ったんですけど、有人島か無人島がどちらかしか行けないとしたら、僕は有人島へ行きますね。無人島は無人島ならではのドキドキ感はあるんですけど、やはり、自然と人間はセットで考えるべきだと。


トカラ列島にて

瀬木 ところで、島を旅するこの企画を聞いた時、どう思いました?

野口 実は島とのかかわりは結構あったんですよね。エベレストや富士山で清掃活動はしていましたが、結局、ゴミを拾うだけじゃダメなんですよ。環境問題というのは、最初の頃は自然を相手にするのが仕事だと思っていたけれど、やってみれば結局人間社会が相手なんです。その中で、環境と地域社会をどのように関連づけていくのか、その課題に初めて取り組んだのが小笠原だったんですよ。小笠原をエコツーリズムの島にしようと言うのは簡単だけれど、実際にやるのは難しい。漁業や観光業とのかかわりや地元の行政との関係、レンジャー制度を導入するとか試行錯誤をしながら、自然を守ることはゴミを拾うこともそうだけれど、もっと根本的にね、社会をどう環境に配慮したものに変えていくかが重要なんですよ。環境を守ろう、守ろうとスローガンだけで言ったって意味はない。数年間、環境に関する活動をしてきた中で、小笠原は僕にとって貴重な経験だったんです。島という小さな世界の中ですべてが完結されるので、環境と社会の関連がわかりやすいんです。島での実践を広げていけば、日本も世界も基本はそんなに大差ないですよね。その意味では、非常に勉強になりました。

「人間の中に潜む野性に気づく」

瀬木 僕は20年前から沖縄の八重山の環境問題に微力ながらかかわってきて、その中で、小さな島に長さたった20mの防波堤ができるだけで島全体の環境が一変してしまうことを体験しました。島はひとつの完結した生態系をつくっていて、とてもデリケートなんです。日本もある意味で島だから、まずは小さな島から見ていけば日本全体の環境も見ることができるんじゃないかと感じて、それを表現しようということで発案したんですね。そこで、アルピニスト・野口健と島を結びつけてみようとしたら・・・。

野口 小笠原と接点があった。(笑)


小笠原諸島・南島にて

瀬木 そうなんです。自然と企画を立てることができた。そして、野口さんとのコラボレーションのもうひとつの大きな狙いは、人間の中に潜む野生を取り戻したいということでした。最近、自然や島に興味が向いてきていてエコツアーもちょっとしたブームになっているけれど、反対に人間はナマの自然の状態、つまり動物としての人間からどんどん離れてしまっているのではないかと思うんです。動物としての人間にもう戻れないのではないかという危機感をすごく感じていて、野口さんからひとつの回答が得られればと思っていた。西表島でリュウキュウイノシシを獲りましたよね。その時に野口さんは「さばくところまで見せなくちゃダメですよ」と言ったでしょう。生きている動物を殺して、丁寧にさばいて、心から有難くいただきますという気持ちが湧いてくる。反対に人間も彼らのエサになることがあるかも知れないし・・・。

野口 それって結局、感覚的なもんですよね。例えば、何で山に登るんですかという質問に、なかなか答えられなかったんですよ。自分でもよくわかっていなかった。ある時、山からしばらく離れて都会で生活していて、感覚でものをとらえていないことに気づいたんです。理屈ですよね。理屈。都会にいると、理屈で物事を考えて処理していくという、だんだんそうなっていくんです。環境問題もデータや理屈で考えるとどうもつまらなくなってしまった。

瀬木 僕もマニアックな環境保護活動にはどうもなじめないんですよ。

野口 そもそもどうして僕が環境のことを始めたかと思うと、やはりヒマラヤなんですよね。ヒマラヤは物事を感覚で感じる世界です。五感でね。そういう世界にゴミがあったことに違和感があったから清掃登山を始めたわけです。だから、僕にとってのスタートはヒマラヤだったし、五感を研ぎ澄ますためにはヒマラヤに向うことが必要なんです。

瀬木 僕は映画監督になる前に、一度この業界を辞めたんですよ。14年前に。そして1年近く東南アジアを放浪して歩いたんです。どうしてかと言うと、漁師とか炭焼きとか、自然の中で暮らしている人は理屈は知らなくても、しっかりとそこに根を下ろして生活している。その存在感がすごく羨ましかったんですよ。自分が携わってきたコマーシャルもテレビ番組も虚業。理屈で組み立てていく世界にほとほと疲れてしまった。そこで、東南アジアや沖縄で漁師たちと一緒に生活した。一夜の海に潜って五色エビを獲ったり、インド洋のイカ漁にも出た。そうするうちに、つまり野性の感覚を取り戻す方法がわかって吹っ切れて、もともと好きな映画を本気でやって行こうと思ったんです。

野口 それって、お互いきっかけを作りやすい生活をしているんだよね。フリーでね。

瀬木 ああ、そうかも知れない。

野口 僕の場合は、エベレストに登頂するまでは日本など眼中に無かったし、日本の山なんてどうでもいいと思っていた。ただトレーニングのためだけに行くんだみたいな。日本の山で楽しいと思ったことなかったんですよ。エベレスト登頂を20歳のころからずーっと公約にして、ある意味で自分を追い込んでいくわけですよ。自分の中ではわかっているんです。今の自分では登りっこできないと。ただそれを言い続けながら、追い込まれていく。やっぱり辛かったですよね。山を楽しむというよりも、とにかくあまりトレーニングする間もなく本番ばかりだったんで。追い詰められながらいつも山に行っていましたからね。だから楽しくはなかったですよ。

瀬木 今もそうなの?

野口 今は楽しいですよ。七大陸最高峰を制覇してから、これまで出会わなかった人たちに出会って。とくに好きな場所は、白神山地なんですけどね。マタギとの出会いが僕にとって非常に大きかったんです。マタギの世界って、熊を撃つわけですから何となく怖いイメージがあったんですよ。僕も初めて会う時は、ビクビクしながら会いに行ったんですね。僕が毎年会っているマタギは60歳半ばですけど、もう50年以上ずっと森の中で生きている。彼にはいろんなことを教えられました。例えば、山菜があっても一気に採らない。上だけを少しずつ摘みとるわけです。米を洗うときには、川から離れたところにとぎ汁を捨てるんですよ。キャンプの時でもとぎ汁って川に流してしまいがちじゃないですか。マタギは何代にもわたってそれをやってきたんです。マタギは「また鬼になる」という意味でマタギですよね。動物を殺すことはかわいそうだけれども、殺したらお祈りをして、無駄なく全部食べるし、彼らも白神山地の生態系の中の一部だという意識が強い。しかし、動物愛護の流れや世界遺産登録が災いして、今、マタギというひとつの文化が死にかけているんですね。彼らの生活こそが、僕にとっては大きなヒントだったんですが・・・。自然と一緒に生活をする、そこにはキレイ事がないんですよ。日本の環境問題ってどこかキレイ事なんですよ。

瀬木 キレイ事だったり他人ごとだったり・・・。

野口 実際に自然の中で暮らしている人たちには説得力があるし、キレイ事じゃないしね。そういうマタギの人と出会ったときに、「あ、環境問題ってつまるところこれなんだな」と気づいたんです。地球のための環境問題とか、地球にやさしい何とかとか、どこかウソっぽいと思う。結局人間のための環境問題ですよね。環境が破壊されて困るのは別に地球じゃないんですよ。

瀬木 地球のことを本当に考えるなら人間が滅亡するしかないんだしね。

野口 環境問題って、自分のエゴと向き合うという、非常にナマナマしく、ドロドロとしたものであるわけです。環境問題にかかわる会議など、いろいろなところに出席しているけれども、どうもリアリティがない。これが問題です。

「自然の中で研ぎ澄まされる五感」

瀬木 ところで、野口さんにとってのリアリティって何ですか?

野口 まずは、危機感とか恐怖ですね。例えば、地球温暖化が連日報道されているけれども、リアリティが無いんですよ。ハリケーンで被災したルイジアナの人々にとってはリアリティがありますよ。温暖化に対して。でも僕らにはない。ヒマラヤは、今、雪崩の巣窟です。9月の下旬でも、標高6000m弱でみぞれが降って、シェルパも登山家も雪崩で多くが命を落としている。僕が行ったところでも地元の人々が次々と死んでいくわけですよ、コレラや赤痢でね。それは恐怖ですよ。リアリティって恐怖なんです。嬉しいことや楽しいことは、さっと流れていくんですけど、恐怖は残るんです。ヒマラヤというのはリアリティの究極の世界だった。

瀬木 僕はヒマラヤのような究極のリアリティを体験したことはないけれど、密林に入ると動物的な感覚が戻ってくるのは感じるんですよ。何キロも先の滝の下に先客が何人いるかとか、すぐわかるんですね。僕にははっきりと先客の声が聞こえているのに、同行した皆にはわからない。耳、鼻、目・・・感覚がどんどん研ぎ澄まされていくのが自分でもわかる。言霊という言葉がありますよね。古来、日本では言葉には魂、霊的な力が宿っていると考えられてきました。だから、不吉なことを感じてもそれを口にしてはいけない。それが本当になってしまうから。例えば、今春京都を訪れたときに、「イノシシがこの道にはよく出て来るんですよね」と僕が話した瞬間に、目の前に100キロ近いイノシシが出てきたり、熊野の海で「この海域はよくクジラを見るんですよね」と言うと目の前にザバーッと出て来たんですよ。これまで何回もありました。これは言霊というよりも、自然の中に浸っていると様々な兆候を五感で感じているんですよね。

「魂の原風景~波・風・炎」

野口 自然崇拝の原点も、自然を感覚でとらえることですよね。アメリカの先住民もそうでしょ。

瀬木 サウスダコタのパインリッジ居留地に行ったとき、長老が勇者の話や動物の話を子どもたちに伝える時、焚き火を囲んで火を見ながら話すんですよ。炎というのは人間がいつまで見ても見飽きることのない不思議な世界なんです。それと同じように流れる雲や、寄せては返す波も、一見同じように見えても二度と同じものは現れないですよね。野口さんが好きな夕陽も毎日違いますよね。こうした見飽きることのない魂の原風景とも言えるシーンを僕の映画では必ず入れるようにしています。何かが人間の潜在意識に働きかけるんですよね。

野口 炎というのは、その周りにひとつの世界が完全に出来上がるんですよね。ヒマラヤのシェルパの家には暖炉があります。薪かヤクの糞を燃料に使って、火を起こして食事を作る。でも、日本では焚き火ができないですよね。東京に住んでいますが、庭で焚き火をしたら、役所の人が張り紙をしていきましたよ。ダイオキシンがどうのこうのとかね、近所からクレームが来るとか。

瀬木 撮影でよく火を使いますが、必ず役所や消防署に事前に連絡しなくてはならないんです。確かに窮屈な感じはしますね。

野口 焚き火は危ないというイメージがあるようなんです。僕が主宰する環境学校で、枝打ち、間伐をした木をどうすればいいかを議論して、キャンプファイヤーをやろうというという意見を出したら、環境学校のスタッフがいてね、キャンプファイヤーは環境破壊の象徴だと言うんです。イメージが悪いからダメだと。シェルパの家は、寒い地方だから窓が小さいんですよ。入っても目が慣れるまで見えないくらいなんです。暖炉に火を起こすと、部屋全体が真っ赤になる。シェルパと酒を交わす。もし火がなければ、あんなに会話できないですよ。炎のおかげで、人間同士の距離感がグイッと縮まるんです。

「野口健氏はナルシスト?」

瀬木 ところで野口さん、ナルシストって言われるでしょう?

野口 そうですか?やっぱり?(笑)僕が知っている人みんなに言われるんですよ。

瀬木 自分がどういう風に写っているか、相当関心があるように見えますが・・・。

野口 写真って大事なんですよ。イメージをどう伝えていくってことはね。例えば、ヒマラヤに行っても、カメラマンにこういう写真がいいんじゃないかといつも提案します。自分がやっていることを自分の中だけで感じて終わらせたくないんですよね。だから、ホームページにも結構力入れているんですよ。ナルシストかも知れませんけどね。(笑)とにかく自分の感じたことをどこまで伝えられるかということが大切だと思うんですよ。ヒマラヤ登山なんて、ほとんどの人は実体験できない。だから、経験できる人にはそれを伝えていく使命があると思うんです。文章もひとつの手段だとは思うんですが、やはり限界があるんですね。感覚を伝えるためには、写真と映像は重要なファクターです。

瀬木 今回のシリーズには僕なりのテーマがあって、環境メッセンジャーとして最前線にいる野口健さんだけではなくて、もうひとつ、三枚目的なヒューマンなところを描こうとして、各編にそういうところを散りばめています。カッコよく、クールな野口健というイメージだけでは、見ている方が疲れてしまう。もっと野口さんを身近な、親近感あるものとして伝えたかったんですよ。視聴者が思わず笑ってしまうような場面もあったりして。

野口 いいんじゃないですか?(笑)

瀬木 ソリで雪渓を下るのも、生け捕りにしたイノシシを担ぐのも。(笑)

「自然との格闘、そこにリアリティがある」

野口 イノシシを担ぐのはインパクトありましたね。マジ、そこまでやるのかというのが本音でした。担ぐの?ヤダなぁと思いながら・・・。

瀬木 僕は最初から本気でした。

野口 ちょっと軽い気持ちで考えていたんですよ。獲ったらその場で殺すもんだと思っていたんですね。生きたまま山を下るというので、僕は見ているだけだと思っていたら、猟師が「じゃ、野口さん」っていうからオイオイって思ってね。結局、交代で担ぎましたけど、30キロっていうのは日ごろ担いでいるから、持てるかと思ったんです。ところが持ってみたら、彼らはもう必死ですから、全身に力入っているじゃないですか。睨んでくるし。あの時、命のある30キロと命のない30キロの違いがわかりましたね。それをはじめて経験した瞬間でした。命のあるもの、ないもの、数字では同じ重さでも違うんだということがよくわかりました。これは理屈ではないんですね。宿に帰ったら、肩がアザになって腫れてましたよ。

瀬木 申し訳ないけれど、演出としては大成功でした。

野口 しかもワイヤーで括られているだけでしょ。睨んでくるでしょ。目が合うんですよ、こうやって。彼も必死ですよ。目で訴えてくる。恐怖感がにじみ出ているし。右手で首根っこを押さえながら。

瀬木 咬まれたら骨砕けるっていうしね。

野口 あの時間はイノシシとダイレクトに対決した時間ですよね。あれは貴重な体験でした。だから最後まで見届けたかった。さばくところまで。もうひとつ感動したのは、ナイフでイノシシの心臓をひと突きにした時に、イノシシが射精したことだった。最後の意地というか、彼は動物ですからまさに本能ですよね。そして、本能とは何なのかと考えると、それは命をつないでいくことなんだと思った。環境問題はいろいろなとらえ方があるけれど、結局、自分の命をどれだけつないでいくかということなんです。環境破壊が進めば、命をつなぐことができなくなってしまう。イノシシが最期に射精したように、命をつないでいく執着は、人間にも本来あったのだろうけど、どうも弱いですよね。生きることにそれほど必死になっていないと思いますよ。イノシシを殺して食べる、それを残酷と思う人はいるかもしれないけど、生きるとはそういうことですよ。そして、西表島の猟師・森本さんがとくに凄いのは、多くの猟師はまず撲殺して運ぶけれど、彼は撲殺するのは潔くないと生け捕りにした。牙をむき出しにしたイノシシの最後の抵抗。そのイノシシを瞬間的にひっくりかえしてね。失敗したら腕を噛み砕かれますよ。それでも彼は押さえつけて、縛り上げたわけですよね。僕はその場に居られたことがすごく幸せだった。あの緊張感は凄い。あれがリアリティですよね。環境問題をアタマだけで考えている人に、ぜひあれを見てほしいと思う。


ガイドの森本氏、そしてリュウキュウイノシシと共に

「自然の中で育まれる想像力」

瀬木 野口さんの言うリアリティ、よくわかりました。理屈ではなく感覚、それはメディアにも言えることなんですよね。

野口 テレビ見ていると字幕が多すぎる。「健は今こう思った」とか、ナレーションや字幕が多すぎて、想像することがないんですね。人の気持ちまで全部説明しますから。自然の中は想像の世界なんですよ。登山隊は面白い。あまり話さなくてもなくても、お互い彼はこう思っているだろうと察しあうんです。自然の中にいると、とにかく考えるしかないんです。歩きながらずっといろんなことを想像するわけですよね。おかげで妄想家になりましたけどね。(笑)

瀬木 実は映画監督に必要な資質は、想像力であり、そして「妄想力」なんです。そんな言葉があるかどうかわからないですけど。ポジティブな強い思い込みは必要だと僕は思います。映像では画面の中に描かれているのは説明に過ぎないんですよ。僕が映画づくりで腐心しているのは、画面以外にあるものをいかに画面の中から感じさせるかということなんです。それは構図であったり、カメラワークであったり、時には小道具や色彩、演技だったりするのだけれど、そうしたことを時間をかけて工夫していくと、その周りの空気までひとつの画面の中に写し込んでいけるんです。

野口 説明すると楽なんですよね、きっと。

瀬木 そうなんです。画面以外に何が起こっているか、映像には本来、空気感や気配を感じさせる力があると思うんですよ。それを忘れてしまうと映像はつまらない。このシリーズでもあえて字幕を入れなかったり、ナレーションを少なくして、視聴者が画面以外の部分に想像をめぐらせてくればいいと願って作りました。

野口 答えがないってことですよね。

瀬木 そうなんです。テーマはこうだ、メッセージはこうだというものではなく、やはりそれは感じるものなんですよね。

野口 答えがないというのがいいと思うんですよね。例えば、同じ風景を見ても何も感じない人はいるし、同じ感じる人でも美しいと思う人と、人間が生きるとはどういうことかと考える人など、感じ方はいろいろあると思うんです。

瀬木 最後にこのシリーズで印象的だった場面を教えて下さい。

野口 いろいろあるんですけど、先ほどから話題に登っている西表島のイノシシ猟、あとは屋久島の土埋木も凄かったですね。なぜあれが印象的だったかというと、屋久島には何度も行っているわけですよ。でもあれを見たのは初めてだった。屋久島の森は十分に魅力的なんですけど、土埋木の存在感には驚いた。土埋木というのは江戸時代に切られてすでに命のない木ですけど、僕にはクジラに見えたんですよ。その土埋木を切って運ぶ人間は点ですよね。あれだけの迫力は今まで経験したことがなかった。人間との格闘、これも一種のリアリティですよ。僕がヒマラヤを好きなのも、山だけを好きなんじゃなくて、シェルパがいて、地元の人と一緒に生活しながら登るという、人間と自然のセットが好きなんですね。


屋久島の土埋木と

瀬木 森は人間が一旦手をつけたところは、人間の手が入らないと死んでしまう。西表島や屋久島ではそういうことを教えてくれました。映像でも自然は人間とセットでないと描けないのかも知れないですね。土埋木を使った箸作りでも、作る過程で何百年も前の木の油が表面に浮き出てきましたよね。切られた木でも人の手でまだ生かされている。

野口 箸作りは無心になりましたね。磨けば磨くほど光るでしょ。数百年前に死んでる木ですよね。今まで土埋木を切り出すなんて、森林伐採に見えたんですよ。イノシシを殺すのも、動物愛護団体からは批判が出ますよ。でも、今回のシリーズでいいと思うのは、人間というのは自然の中で、自然の恵みをいただきながら生きている動物なんだという視点ですよね。キレイ事ではない、リアリティで描かれている点です。

 
屋久島での箸作り

 

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