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母とのお別れ

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2006/11/30

母とのお別れ

 昨日、母の葬儀が行なわれました。多くの方々から頂きました供花が母を囲みお花が好きでした母はさぞかし喜んだことでしょう。京都での葬儀であるにも関わらず遠くから参列してくださった方々本当にありがとうございました。富士山クラブの現場の仲間まで富士山から駆けつけてくださいました。 
 55歳での死はあまりにも早すぎ愕然と一瞬無気力感に襲われましたが、そんな僕をまず母は許さないでしょう。いつまでもしょんぼりしていたら「男なんだからしっかりしろ!」と怒られちゃう。唯一の救いはこのスケジュールの中で母が亡くなる前日から京都にいられた事が奇跡的でした。母の死を見とれた事、本当に良かった。


 16年前に父が母、容子と再婚しました。それまでは父と二人、だらしない生活を送っていましたが、父が再婚し容子母がファミリーに加わってから生活がガラリと変わりました。まず規則ただしい生活、早寝に早起き、言葉遣い、あらゆるマナー等々、産みの母以上に母親として、落ちこぼれて荒れていた僕を1から教育してくれました。時に恋愛の相談もしたし、母であり仲の良い友達でもありました。
 そして外交官婦人としても見事でした。イエメン駐在時代に湾岸戦争が勃発し、イエメンは事実上イラクを支持し、イエメン内において国連に多額の寄付を行なった日本に対する対日感情が悪化し、父が大使館に行っている間に自宅の一階に手榴弾を投げ込まれ爆破しました。母は二階にいて助かりましたが日本人を狙ったテロでした。その直後から邦人のご婦人達は旦那をイエメンに残し帰国していきましたが、母は「お父さんを残して私一人日本に帰るわけにはいかない」と父とイエメンに残り父を支えていました。イエメンやシドニー、そしてチュニジアでは赤十字などのボランティア活動を積極的に行い、チュニジアではあちらの外務大臣婦人からも「ヨウコ」と呼ばれるほど可愛がられていました。短期間でフランス語も覚えチュニジアでは学校や病院など多くの施設を回りフランス語でスピーチを行なっていました。母の行動力、そして正義感、強さと優しさ、すべて忘れる事ができません。本当に偉大な母でした。父と結婚してくれ、また僕の母になってくれたこと、本当にありがとう。
 

 そして母が亡くなった翌日と葬儀の行なわれた昨日の2日間、予定していました講演会など個人的な出来事でありにも関わらず予定を変更してしまった事、大変申し訳ございませんでした。改めてお伺いしたいと思います。 そしてブログやHPの掲示板では皆さんからの温かいメッセージ、辛い時期だっただけに救われました。本当にありがとうございました。




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