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「対馬丸記念館」を訪れて

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2008/10/13

「対馬丸記念館」を訪れて

先程、東京に戻ってきました。近況報告です。

9日、栃木、宇都宮市で講演(主催・あんしん財団)
10日、一日中事務所にて取材

11日、千葉日本大学第一中学・高等学校にて講演会。夕方に六本木にある東京ミッドタウン・FUJIフィルムスクエアにて「小笠原諸島返還40周年記念企画写真展」にて開催されている大塚光紀さん、岡野哲也さんの写真展にお伺いしました。また私の環境学校卒業生で小笠原の島民でもあります環境活動家の南瑠衣さんが呼びかけ写真展会場内にてエコトークショーが開催されました。トークショーには環境学校の卒業生が集まり皆それぞれの思いを語り合った。そして翌日の那覇市での清掃キャンペーンに参加する為に夜の便で沖縄、那覇へ。
JT沖縄

12日、午前中に「対馬丸記念館」に訪れ「小桜の塔」に献花。1944年8月22日、対馬丸は疎開学童、一般疎開ら1,788名を乗せて本土に向かっていたが22時12分ごろ、アメリカの潜水艦ボーフィン号によって、トカラ列島悪石島沖で撃沈された。この対馬丸沈没で775名の疎開学童(疎開する子どもたち)を含めた1418人が犠牲となった。
 沖縄本土戦を目前に、女性や子ども達は戦闘の足手まといになると、また軍人らの食料の確保のために沖縄から8万人を本土へ、そして2万人を台湾へと疎開させられた。対馬丸沈没はその最中の悲劇であった。そして悲劇は対馬丸撃沈事件後も続く。生存者280人に対し警察や憲兵から「撃沈の事実は決して語ってはいけない」と、かん口令が叱れ、終戦までわが子を失った事すら知らされないでいた。真っ暗闇の海に放り投げられ、また窓ひとつない船倉に閉じ込められたまま海底に沈んでいった子どもたち。戦争のむごさである。「対馬丸記念館」には犠牲者の遺影が並ぶがその大半が幼い子どもたち。自分の娘と重なって見え、胸が張り裂けそうであった。親から引き離され舟に乗せられ、それが最後となった775名もの子どもたち。写真一枚一枚がなにかを訴えかけているような気がしてならなかった。
JT沖縄

 記念館を後にし、しばし町を歩いてみたが、観光客と見られる若いカップルがあちらこちらで手を繋いで歩いている。まさしく「幸せの象徴」であるが、どれだけの人が「対馬丸沈没事件」を知っているのだろうかと、ふと余計なお世話であるが気になってしまった。この悲劇、けっして忘れてはならない。沖縄に訪れる方々にはぜひ「対馬丸記念館」に訪れて頂きたい。
JT沖縄


 午後からは「拾えば街が好きになる運動」(主催・JT)で沖縄県那覇市内にて清掃キャンペーンに参加。この活動は全国都道府県で行われおり、2004年からスタートしすでに630回、のべ参加人数は70万人。企業が主催する清掃キャンペーンでは最大規模です。私もこの「拾えば街が好きになる運動」に3年前から合計5回参加。
JT沖縄

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13日、再び栃木県宇都宮市にて講演(デュポン株式会社主催)。先程、東京に戻る。

明日は私が関わっています了徳寺大学にて講義。終わりのないトンネルのようですが、日々、精一杯、その役割を果たしたい。

2008年9月13日 野口 健

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