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マナスル基金 , 教育

ヒマラヤに学校を作ろうプロジェクト 「サマ村の学校・寮視察」

マナスル基金 , 教育

2010/12/05

ヒマラヤに学校を作ろうプロジェクト 「サマ村の学校・寮視察」

この連載でも何度となくご紹介させてもらっている、マナスル基金(ネパール・サマ村での教育支援のための基金)で建てられた学校・寮の視察を今年4月に行った。2006年のマナスル峰清掃登山でふもとのサマ村を訪れ、村人たちと親交を深めたのをきっかけに、この村の将来のために、何かできることは無いかと始めた教育支援。日本から遠く離れた、ネパールの山奥の村との話し合いには、とても時間がかかり、計画をすすめるのに、大変だった。それでも、多くの人たちとの協力と、村人たちの力によって、教室棟、寮棟、トイレ棟の外観がほぼ出来上がった。
校舎全体写真 - コピー
 建物の全容

今回は、ヘリコプターにて、サマ村入り。事前に、メールなどで、建設中の建物の写真などは確認していたが、それでも、ヘリコプターの窓からほぼ出来上がった学校が見えた時は、何とも言えない感動が込みあがり、学校上空を、ヘリコプターで何回も旋回してもらった。そして、サマ村に降り立ち、一年前と変わらない村人たちや、ちょっと大きくなった子ども達と再会。まるで、自分の故郷に帰ってきたような気がした。

 
 その後、村の責任者たちから、学校の中を視察しながら、工事状況や現状を詳しく聞いた。よく聞くと、まだまだ工事は完成していなかった。

新教室内での説明会 - コピー 
   新校舎の教室にて保護者説明会


 まず、必要なのは、水道管の設置。学校近くには、安定して水が手に入る所がないため、何処からか、パイプで水を引っ張ってこなくてはいけない。サマ村の上流から、約2キロのパイプの設置を行うこととなった。また、食堂には、洗面所がついていなかった。サマ村では、「食事の前に手を洗う」という習慣はない。せっかく、日本人が立ち上げたプロジェクトなのだから、「食事の前には手を洗う」という、習慣を子ども達に覚えてもらいたかった。そのため、食堂棟に手洗い場などを設置することを要望した。内装もまだ出来上がっていない。ベッドや棚などを設置し、学校・寮としてもっと使いやすくする必要がある。

これらを、第2工事として改めて計画しなくてはならないとわかった。私は、すぐに、カトマンズの建設会社と打ち合わせし、工事計画を作ってもらった。そして、日本サイドにも連絡。改めて、予算が必要な旨を伝えたえ、了承を得た。第2工事は、8月より工事開始、年内の完成を目指す。

子ども達と新しい校舎に向かう - コピー
  子ども達と一緒に新しい学校に向かう。


私のサマ村入りに合わせ、新校舎にて、保護者や子供たちを集め、説明会を行った。学校計画を発表したころは、まだまだ村人の反発は大きく「子どもは労働力。学校に子供をとられてはたまらない!」といった反発もあったが、あれから3年。校長先生や、村の責任者達の努力もあり、そういった意見はごく一部となり、教育の必要性を理解してくれるようになってきた。

そして、何よりもうれしかったのは、校舎に入ったときに子ども達の嬉しそうな笑顔だ。明るく広い教室に子どもたちは大喜び。今、使用している教室は本当に狭くて、暗く、馬小屋のようである。今しばらく、このような教室を使わなくてはならないには、本当に不憫だが、もう少しで完成なので、あと少し我慢してほしいと話してきた。

 校舎の前で記念撮影 - コピー

  新しい校舎の前で子どもたちと記念撮影

 また、秋田県立大学の二村宗男助教授と研究室の学生によって、ソーラーパネルを設置してもらった。送電線も、村の水力発電が引いてくるには、予算と時間がかかったので、本当に助かった。それでも、電力的にはまだ足りないということで、来年2月に、研究室の学生たちが、再度、サマ村を訪れ、足りない電力分の設置くれることになっている。本当にありがたいことだ。

また、さらに嬉しい話が、彼らは、日本から、ランドセルを20個届けてくれたのだ。日本では、ほとんどの子ども達が、小学校入学時に立派なランドセルを買ってもらう。ランドセルは本当に丈夫にできていて、6年間使っても、まだまだ、捨てるのがもったいないという話はよく聞いていた。彼らは、このような中古のランドセルを集め、サマ村まで運んでくれたのだ。このランドセルが子ども達には大人気。日本ではなじみのランドセルだが、サマ村の子どもたちにとっては、初めて目にするもので、綺麗な赤いや黒いランドセルに「きゃー」と目をきらきらと輝かせて大喜び。早速、背負って、大はしゃぎとなった。ランドセルには、寄付してくれた子ども達の写真やメッセージが書いてあり、それを見て、村の子どもたちも本当に嬉しそうだった。ランドセルは人数分にはまだ足りないという話をしたら、長野県小諸市で、ランドセルの寄付を募ってくれました。小諸市は、5年前より、森林開発プロジェクトで市内の小学校5年生の課外授業を一緒に行っている。その仲間たちがランドセルを集めてくれた。約100個のランドセルを、翌春には、現地に届けたい。
日本からのランドセルには、メッセージがついていた - コピー
 日本からのランドセルにはメッセージがあった。
 

さらに嬉しいことに、先日、事務所に大量のピアニカが届いた。友人であるレミオロメンの藤巻亮太さんから、マナスルの子どもたちへと送られてきたのだ。その数日前、私は藤巻さんと八ヶ岳登山を行った。そこで、何気なく話したマナスルの学校に関して、藤巻さんが共感してくれて、ぜひ自分も何か協力したいと相談があった。それならば、藤巻さんならでのものを伝えてもらいたいと思っていたところ、日本では小学校で必ず習っているピアニカを届けようという事になり、数日後には、ピアニカが送られてきたのだ。私は友情に感謝するとともに、必ず、音楽の世界をマナスルの子どもたちに伝えなくてはと、決意した。

 このように、私たちの周りで、どんどん、マナスルの子どもたちへの支援の輪が広がっていくことが、本当に嬉しい。子ども達には、多くの日本人が、彼らの支援にかかわっている事を伝えていきたい。


 学校建設が順調に進んでいる一方で感じるのが、この地域全体の発展がまだまだ行われていない現実である。学校建設が終了したら、次にステップはこのマナスル地域の開発を行いたい。

エベレスト街道やアンナプルナ地域に比べてマナスル地域は圧倒的にトレッカーなどの観光客が少ない(2009年のアンナプルナ地域のトレッカー訪問数7万5058人に対しマナスル地域は1769人)。原因として考えられるのは、1つは、山小屋などの宿泊施設が、充実していないこと。ヒマラヤに40数回きている私でさえ、この地域をトレッキングするのは、結構きつい。地元の人達用の宿泊施設しかなく、とても衛生的とは言えないのだ。そして、入山許可が複雑で、単独許可が下りない。また、コストもかかるのだ。そして何と言っても、PRがほぼされていない。

マナスル地域の人々は現金収入が限られており、森林を無造作に伐採しチベットに売る。おかげでサマ村周辺も例外ではなく昔は森林地帯であった場所が今では草原となっている。森林は有限であり、森林伐採せずともある程度の現金収入を得られる方法を考えなければならない。

魅力的なトレッキングルートの1つでありながら地元民がその魅力を理解していない。そしてサービス業なる概念も持ち得ていない。毎年、数名の村人をエベレスト街道やアンナプルナ地域などにいわゆる研修目的で派遣してみてはどうか。

どこまで出来るのか分からないが、子ども達の将来のためにも、この地域に対して、何が出来るのか私なりに精一杯取り組んでみたい。マナスル峰は日本とネパール両国において友好のシンボルであり、私たち日本人がマナスル地域を大切にする意味は大きい。

ヒマラヤに学校をつくろうプロジェクト:前編

ヒマラヤに学校をつくろうプロジェクト:中編

ヒマラヤに学校をつくろうプロジェクト:後編

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